大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ワ)4622号 判決 1997年11月20日

原告

松下巖

ほか二名

被告

船登計史

ほか一名

主文

一  被告らは、原告らのそれぞれに対し、各自一八〇万七〇一一円及びこれに対する平成七年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告らのそれぞれに対し、各自五一四万五〇九七円及びうち四六九万五〇九七円に対する平成七年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、松下道子(以下「道子」という。)が被告船登計史(以下「被告船登」という。)が運転し被告職業訓練法人大阪ヒューマン・アカデミー(以下「被告法人」という。)の所有する自動車に衝突された事故に関し、道子の相続人である原告らが、道子は右事故によって死亡したとして、被告船登に対しては民法七〇九条に基づいて、被告法人に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づいて、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告船登は、平成七年二月一四日午前一〇時ころ、普通乗用自動車(なにわ五七ゆ六五七五、以下「被告車両」という。)を運転して大阪市中央区南船場一丁目一七番二一号先の交差点を南から北へ向けて進行するにあたり、同所に設置された横断歩道を対面信号に従い西から東へ向けて歩行横断中であった道子に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故は、被告船登の前方不注視の過失により発生した。

3  被告法人は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。

4  道子は、本件事故により第三腰椎圧迫骨折の傷害を負い、平成七年二月一四日東仰クリニックで、同月一七日からは広田クリニックで通院治療を受けたが、同年三月二八日意識障害を起こして医療法人日本橋病院(以下「日本橋病院」という。)に入院し、同年八月一日には医療法人若弘会若草第二竜間病院(以下「竜間病院」という。)に入院したが、低血糖発作を数回起こし、同年九月ころからは尿路感染症となり、同年一〇月一一日敗血症のため死亡した。

5  原告らは、道子死亡当時、いずれもその子であった。

6  原告らのそれぞれは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)及び被告らから合計七四三万六九六五円ずつの支払を受けた。

二  争点

被告らは、原告らの損害について争っているが、ことに、道子が死亡した点については、本件事故との間に因果関係はなく、仮にこれが肯定されるとしても、道子の死亡には道子の既往症である脳血管疾患、てんかん、糖尿病が多大な影響を与えているから、過失相殺の法理を類推適用して、少なくとも五〇パーセントの寄与度減額をすべきであると主張している。

第三当裁判所の判断

一  道子の死亡と本件事故との相当因果関係について

1  前記争いのない事実、甲第一ないし第七号証、第一二号証、乙第一ないし第五号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 道子は、大正三年七月七日生まれで、本件事故当時八〇歳の女性で、原告松下巖(以下「原告巖」という。)が建築し、原告巖も居住しているマンションの九階の原告巖とは別の一室で一人暮らしをしていた。道子は、平成三年一一月一八日に日本橋病院で脳血管疾患、てんかん、糖尿病と診断されたことがあったが、本件事故当時は膝が少し悪く自宅近くの広田クリニックに通院していた程度で、日常生活には格別の支障はない状態であり、原告巖の経営する株式会社松下讃松社印刷所(以下「讃松社印刷所」という。)の仕事を手伝う傍ら、大阪市中央区順慶町の婦人会長を勤め、赤十字奉仕団に所属し奉仕活動に参加する等していた。

(二) 道子は、本件事故当日、自宅近くの路上で本件事故に遭ったが、たまたま本件事故現場を通りかかった原告松下稔に助けられ、東仰クリニックを受診した。東仰クリニックでは、道子が股関節部痛、背部痛を訴えたため、腰椎、胸椎、両股のレントゲン撮影をしたが、骨に明らかな亀裂は認められず、腰背部捻挫で向后約一週間の加療を要する見込みであると診断し、道子にしばらく自宅で静養するよう指示をし、以後道子は自宅で安静にしていた。ところが、道子は、平成七年二月一七日腰部の痛みがひどくなって動けない状態となったため、広田クリニックを受診したところ、腰椎レントゲン写真にて第三腰椎に圧迫骨折が認められ、頸部、腰部捻挫、腰部打撲(第三腰椎圧迫骨折)の診断を受け、引き続き自宅で安静にしていた。道子は、本件事故後は、食欲が減退し、また、尿量も少ない状態が続いた。

(三) 更に、道子は、同年三月二七日になって、何か変だ、気分が悪い等訴え、同月二八日朝には原告巖が起こしに行っても全く反応せず覚醒しなかったため、広田クリニックに往診を依頼して受診したところ、日本橋病院に行くよう指示され、救急車で日本橋病院に搬送された。道子は、日本橋病院で、CTの結果頭蓋内出血、明らかな脳梗塞とされたが、左片麻痺、瞳孔左右不同が認められ、多発性脳梗塞、陳旧性腰椎圧迫骨折と診断され、見当識障害が遷延し、腰痛も強く訴えるため同日同病院に入院することとなった。なお、このとき、道子には低血糖も認められた。

(四) 道子は、日本橋病院入院後、同年三月二九日には嚥下困難で、むせたようになって気分が悪いと訴えるため、経鼻胃管による栄養摂取が行われ、胸部レントケンで肺門部に異常が認められ、また、尿量が低下するなどした。しかし、運動機能には格別低下が認められなかったため、同年四月四日からは歩行訓練が開始され、同月一〇日には安定した状態となって、同月一九日に退院予定とされた。ところが、道子は、同月一六日に歩行の際に突然膝からくずれ落ちて泡を口から吹いてその場にへたり込み、以後調子が悪く歩けない状態となり、同月一八日にも床上で坐位で口から泡を吹くことがあり、同月二〇日の段階では整形外科的には歩行、坐位困難でもう少しリハビリが必要であると判断されたが、高齢でありどの程度期待できるかは問題であるとされた。そうしているうちに、道子は、同月二四日の朝突然全身が硬直、意識消失発作を起こし、以後、独り言、意味不明の発語をするようになり、水分を吹き出し、食事摂取もしないようになり、また、尿量も少ない状態が続いた。そして、同年五月になると、日によっては自分の生年月日、住所、家族のこともわからない状況となり、同月一二日には他動歩行訓練も断念され、その後は食事もほとんど摂らなくなり、筋力も低下し、結局、そのままほぼ寝たきり状態となった。

(五) 道子は、長期入院は免れない状況となったので、同年八月一日に竜間病院に転院、入院となった。道子は、竜間病院入院後も低血糖発作が数回あり、精査するも原因は不明であり、尿路感染症に罹患し、食思不振、低血糖発作のためIVH管理のもとで治療を受けたが、同年九月四日には栄養状態を含め全身状態は悪化傾向となり、結局、同年一〇月一一日、尿路感染症を原因とする敗血症により死亡した。

2  右によると、道子の死因は尿路感染症を原因とする敗血症であり、本件事故による傷害そのものによるものではないことが明らかであるが、道子は、本件事故に遭うまでは日常生活には格別の支障はない状態であったのに、本件事故によってほぼ寝たきりの状態となり、これを契機に体力が低下し、既往症と相俟って健康状態が悪化して、ついには死亡するに至ったものと認められるから、道子の死亡と本件事故との間には相当因果関係を認めることができるというべきである。そして、道子が死亡するに至ったのには道子の既往症が影響していることに照らすと、損害の公平な分担という見地から、民法七二二条二項の趣旨を類推して道子及び原告らに生じた損害から一定割合の減額をすべきであるが、道子は本件事故当時八〇歳の高齢であり、健康であった高齢者が寝たきりの状態になると一気に健康状態が悪化することはしばしば経験されることであることに照らすと、右減額すべき割合は二割とするのが相当である。

二  損害額について

1  道子の損害

(一) 治療費等 二三三万五七八六円(請求どおり)

甲第一三ないし第五七号証及び弁論の全趣旨によれば、道子は、東迎クリニックの治療費として四万一〇六〇円、広田クリニックの治療費として一四万二四八七円(コルセット代四万二五五二円を含む。)、日本橋病院の治療費として三七万八五八九円、竜間病院の治療費として四四万五九六〇円、ウォーターベッド代として八万円、付添看護費用及び関連費用として一二一万一九四〇円、診断書代として五一五〇円、その他入院関連費用として三万〇六〇〇円を負担したことが認められる。

(二) 入院雑費 二五万七四〇〇円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、道子は、日本橋病院及び竜間病院入院中の合計一九八日間に一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるところ、右合計は二五万七四〇〇円となる。

(三) 休業損害 一七二万五三六九円(請求一五八万九〇〇〇円)

甲第九号証、第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、道子は、亡夫常夫と婚姻した昭和一一年から讃松社印刷所の前身である松下讃松社を手伝い、讃松社印刷所になってからも同社の従業員として仕事をしており、本件事故当時も、印刷所でのパンフレットの折り込みや生地見本貼り等の加工関係に従事し、社員が不在にある場合は会社事務所の留守番をするなどして、平成六年には給与・賞与として二六二万四〇〇〇円の支払を受けていたことが認められるところ、道子は、本件事故により平成七年二月一四日から同年一〇月一一日までの二四〇日間就労することができなかったものと認められるから、本件事故による道子の休業損害は、次のとおり一七二万五三六九円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 2,624,000÷365×240=1,725,369

(四) 逸失利益 六五四万六三五五円(請求八二一万四〇〇一円)

道子は、本件事故に遭わなければあと四年間は就労して前記(三)の収入を得ることができたものと認められるところ、甲第八号証、第五八号証及び弁論の全趣旨によれば、道子は、本件事故当時遺族厚生年金として年額一六七万二七〇〇円の支給を受けていたことが認められるから、道子の生活費控除割合は三割とし、道子の前記(三)の収入を基礎に右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、道子の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり六五四万六三五五円となる。

計算式 2,624,000×(1-0.3)×3.564=6,546,355

なお、原告らは、道子の右遺族厚生年金の受給権の喪失をもって逸失利益であると主張するが、遺族厚生年金は、遺族年金受給権者の死亡により更にその遺族としての年金の受給権は法律上認められていないなど受給権者個人の生活の維持という社会保障的性格が強く、婚姻によって受給権が消滅するなどその存続も不確実なものであるから、右受給権に逸失利益性を認めることはできないというべきである。

(五) 慰謝料 一四五〇万円(請求一五〇〇万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、道子が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、一四五〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。

2  原告ら固有の損害

(一) 葬儀費用 各四〇万円(請求各五〇万円)

甲第一〇、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、道子の葬儀を行いそのために要した費用一六二万四〇三〇円を相続分と同割合で負担したことが認められるところ、右のうち一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるので、原告ら各自の損害額は四〇万円となる。

(二) 慰謝料 各二五〇万円(請求どおり)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、道子の死亡によって原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するためには、原告らのそれぞれにつき二五〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。

三  結論

前記二1によると、道子の損害は二五三六万四九一〇円となるところ、原告らは右についての道子の被告らに対する損害賠償請求権を相続分に従い三分の一ずつの割合で相続したものと認められるから、原告ら各自の損害額は八四五万四九七〇円となる。そして、前記二2のとおり、原告ら固有の損害額は各二九〇万円となるから、これらを合計すると原告らの損害は各一一三五万四九七〇円となり、これより前記一2のとおり二割を控除すると各九〇八万三九七六円となり、更に、原告らが自賠責保険及び被告らから支払を受けた各七四三万六九六五円を控除すると、残額は各一六四万七〇一一円となる。

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は原告らのそれぞれにつき一六万円とするのが相当であるから、結局、原告らのそれぞれは、被告ら各自に対し、一八〇万七〇一一円及びこれに対する本件事故より後の日である平成七年一一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例